読者の中には、リスキリングの一環として、日々、新しい学びを繰り返している人もいるだろう。それ以外にも、プライベートの習い事などで学ぶ人、あるいは仕事や生活の中で、意識して学ぶ姿勢を持とうと心がける人もいるはずだ。そんな皆さんに問いたい。「学びは楽しいだろうか?」
おそらく、やらされているのではなく、自らが何かに興味を抱き、進んで学んでいる人ならば「楽しい」と答えるに違いない。もしかしたら、学ぶこと、学べる環境にあることで「自分は幸せだ」と日々感じている人もいるかもしれない。
本書『君はなぜ学ばないのか?』の著者、田村耕太郎氏は、社会人になって、好奇心を発動して、いろいろなことを自発的に学んでいくうちに「凄(すさ)まじい幸福感」が湧いたという。自分の中で好奇心が働いているとき、ドーパミンやオキシトシンといった、いわゆる「幸せホルモン」が分泌される。逆に言えば、幸せになりたければ、好奇心を働かせて学べばいいのだ。
田村氏は、山一証券にてM&A(合併・買収)仲介業務に従事した後、米国留学を経て大阪日日新聞社社長、2002年から2010年までは参議院議員を務めるというキャリアの持ち主だ。2014年から現在まで、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授として「アジア地政学プログラム」を主宰している。
本書は、これまでに約600人の修了生を輩出した「アジア地政学プログラム」のエッセンスをちりばめなから、激変する時代を、学びによって楽しく幸せに、そしてたくましく生きるためのヒントを提供する一冊だ。
田村氏の主宰するプログラムは、主に日本人ビジネスリーダーや官僚たちが対象だ。彼らをシンガポールに招き、東南アジア、インド、中国について、最新で正確なビジネス上のリスクとチャンスを学ぶ機会を与えている。
このプログラムが対象とする地域には、言うまでもなくさまざまな安全保障上のリスクがある。だが田村氏は、学ぶことでピンチをチャンスに変えられると説く。過去から一定のパターンや変わらない本質を学ぶことで、ネガティブな事象をポジティブに反転する発想が生まれるというのだ。
田村氏自身が過去から見いだしたのは、例えば「変革は中心ではなく、周辺(辺境)から起こる」「中心部は既得権益で固められ、変化を邪魔し、やがて滅びる」といったパターンだ。これらを学ぶことで、不安などのネガティブな感情が和らぎ、先述のように幸せホルモンのおかげで前向きな解決策を考えられるということなのだろう。
学ぶための体幹を鍛える「哲学」
本書で「学びの基礎中の基礎」として挙げられているのが「哲学」だ。哲学を学ぶことは、ウエートトレーニング前の体幹トレーニングと同じだという。体幹が強くなれば、正しい「学ぶ姿勢」としての哲学的思考が身につく。それは、田村氏が、哲学を学ぶ意義やメリットとして挙げる、以下の4つと同じものと思われる。
- 本質を見抜く力
- タブーや先入観を排する力
- あることの本質をメタファー(隠喩)として適用する力
- 自分を内省するスキル
例えば2.について田村氏は「もし第2次世界大戦で敗戦していなければ、我々は今どんな日本に生きているか?」といった問いを立て、分析を試みている。哲学といっても身構えることはない。要は、こうした頭の体操を楽しみながらすることで、スキルとしての哲学的思考を習得できるのだ。
「ビックリ体験」で脳に刺激を
同じようなワンパターンの毎日を繰り返していたら、好奇心は枯れ、自分の思考の世界が狭くなると田村氏は指摘する。そこで同氏は、あえて不便さ、ハプニング、思い通りにならないことを、思考の幅を広げてくれるものとして歓迎するのだという。そうしたことをネガティブに捉えずに、楽しむことが肝要なのだろう。そして、なんとかハプニングを切り抜けた経験が、困難に打ち勝つための「引き出し」を増やす。
たまにルーティンを壊すことで、脳をビックリさせる。そのために田村氏が勧めるのが、イリュージョンやマジックショーを見に行くことだ。ビックリ体験が自分の狭い思考を押し広げてくれるというのだ。
博物館をうろうろすることも脳に刺激を与え、学びの機会になるという。ポイントは、さまざまなことに対し「わかった気にならない」ことではないだろうか。よく見知ったことであっても、よく観察することで新たな発見があるかもしれない。常に好奇心を発動するチャンスをうかがうことが、学びにつながるのだと思う。
田村氏は、人工知能(AI)がどれだけ進化しても、最後までできないのは、好奇心に基づく探求であると喝破する。AIが得意とするのは「指示待ち作業」だ。言い換えれば、人間の脳が幸せを感じられない作業ということだ。そうであるならば、そうした作業はAIに任せて、自らは好奇心を発露して学ぶ。これが理想の「人間らしい」AIの使い方ではないだろうか。
本書からは、楽しみながら困難な問題を解決していく数々のヒントがもらえる。リスキリングをはじめ、あらゆることに対してより前向きなモチベーションが得られることだろう。
